手塚治虫に 国民栄誉賞などいらない !!

-----[追記 - 2}-----

  本日2019年4月5日に、イチローさんが国民栄誉賞を3度目の辞退をなされました。
 正直、ちょっと(!)で やっぱりか‥でしたね。
 よくよく考えたら、2度辞退して3度目に受けることはないです‥もちろん4度目は…絶対にナシです。

- 辞退理由 -
2001年:「まだ若いので できれば辞退したい」
2004年:「プレーを続ける間に 国家から表彰されると
モチベーションが下がる」
2019年:「人生の幕を下ろした時に 頂けるよう励みます」

  イチローさんは、歴代の国民栄誉賞受賞者に敬を払い、辞退した本当の理由を生涯明かさないでしょうね…。

 今回、世界のスパースターであるイチローさんが国民栄誉賞を辞退したことで、国民栄誉賞の価値が下がり、あのイチローさんが辞退したんだから‥と、これから堂々と国民栄誉賞を辞退したがる人が増えていく事になるでしょう。

 そもそも国民の多くが、国民栄誉賞を受賞するだろうと思っている人に与えないで、一個人である総理の裁量(気分)で決める国民栄誉賞など、早く廃止した方がよろしいのではないかと思うしだいです。

 それに、現総理大臣が好きでない人は…総理から貰う賞など不名誉な事でショッ!

2019年4月5日 みよしよしなが


―― ※※ ―― ◎◎◎ ―― ☆☆☆☆☆ ―― ◎◎◎ ―― ※※ ――



手塚治虫 VS 宮崎 駿

 2002年2月18日 朝日新聞朝刊一面トップ、宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭最高の「金熊賞」を受賞したとカラー写真付きで報道された。 世界三大映画祭でアニメ映画が初めて最高賞を獲得する快挙であり、その日のテレビニュースでも、朝から何度もそのことを繰り返し伝えた。
 その時思ったのは、ついにこの日が来たのか…やってくれました…宮崎駿監督の偉業とその日本アニメの質の高さを世界に誇るものと感動した。 …と同時に、手塚先生が亡くなっててよかったな、ホッ…とした思いにかられた。


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アトムの夢みる マロン


 1989年2月9日 お昼のニュースで「手塚治虫逝く」の一報が日本全国に大々的に流れ、その日の夕刊紙と翌日の朝刊で、全ての新聞が大きな紙面を割いて報道した。
 10日付けの「朝日新聞」の社説では、《 日本人はなぜこんなにも漫画が好きなのか…電車の中で漫画週刊誌を読みふける姿は…外国人の目には異様に映るらしい…しかしなぜ外国の人はこれまで漫画を読まずにいたのだろうか…答えの一つは彼らの国に手塚治虫がいなかったからだ…日本の戦後の漫画は…手塚治虫抜きにはあり得ない…ストーリー漫画とテレビアニメの創始者 》と、その偉大なる業績をたたえた。

 日本には手塚先生がいたからこそ、現代多くのマンガ週刊誌・月刊誌が存在するのであり、アニメ大国に成り得たのである。 しかしそうした事が当たり前すぎて、日本人自身その事を余り知らない。


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いつも赤ちゃんすわりしている マロン

現代マンガの夜明け

 1947年 手塚先生は単行本「新宝島」で当時の少年達に多大なるショックを与えた。 映画的手法をマンガに取り入れた転回は、画期的かつ斬新なコマ運びであった。

 現代漫画の夜明けはこの一冊から始まった…。

しかし当時、手塚マンガは邪道であり彼一人の手腕で終わって欲しいと、一部の先輩漫画家達からは拒絶された。

 その後「ロストワールド」「メトロポリス」「来るべき世界」と次々と手塚マンガが大当たりすると、そんな人気上昇中の手塚先生にあやかろうと手塚調のマンガが氾濫…おかげでマンガ雑誌は売れた。
 また、手塚マンガに対抗意識を持っていた漫画家たちも、手塚マンガを真似したくないが、真似しなければ新しいマンガにならない。 結局手塚的手法を模倣して売れだした。

 往年のマンガ家たちの多くは、これらの手塚治虫作品を読んで手塚先生に憧れてマンガ家になった訳であり、マンガ家の梁山泊とも言われたトキワ荘の住人達《寺田ヒロオ・石森章太郎・藤子不二雄・赤塚不二夫・つのだじろう・水野英子・他》は、その典型である。

 現代マンガは、手塚治虫一人から始まったと言っても過言ではない。

 そんな自らの世界を確立、成功した手塚先生であるが、その後も常に第一線で実験マンガに挑み続けた。 そのチャレンジ精神は半端でなく、手塚マンガは常に世間に問題を投げかけ、度々悪書呼ばりされる事があった。


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えッ 前足が…3本…?


手塚マンガ VS スポ根・劇画

 今では死語に近い「劇画」であるが、昭和40年代「巨人の星」・「あしたのジョー」そして「タイガーマスク」で始まったあの「スポ根・劇画」ブームは、手塚治虫が存在したから引き起きた事件である。

 手塚先生が講談社の[少年マガジン]で連載していた「ワンダー3」を中断して、小学館の[少年サンデー]に新たに「ワンダー3」初めから連載を始めた。 その事に対して[少年マガジン]の編集長と副編が怒り、手塚治虫を打倒するにはどうしたら良いかを考えた末、手塚マンガとは違う新しい漫画を作ろうと… 関西の資本から生まれた「劇画」に斬新さ感じ、その劇画にプラス原作をつける仕法で‥あの「スポ根・劇画」ブームが起きた。 そんなマンガ業界の裏話を聞いたことがある.。 「W3」に関する記事は、多くの書籍にも書かれているが、「編集長・副編」に関する記事は諸説あって、確かとは言えないし…確かめようがない。

 昭和40年代、「ストーリー漫画」という言い方が古臭く、「劇画」と呼ぶと新しく〃格好〃よかった。 当時、マンガ愛好家にとって、「ストーリー漫画」=「劇画」でした。 連載雑誌や単行本には、作家名が「原作〇〇〇〇 劇画△△△△」と書かれていました。
 やがて「スポ根・劇画」ブームは、テレビ・マスコミ界にも波及し「まるで劇画みたい…とか 劇画的な…」と〃劇画〃という言葉が日常頻繁に使われていました。 現代「まるでマンガの世界…」の〃マンガ〃のように使われていました。

 私は、NHKが開局した年に生まれ…大の「テレビ」好きでもあり、テレビアニメやテレビドラマを観てから、原作であるマンガを読み返す第一世代だったので、テレビアニメの「鉄腕アトム」を知っていても、手塚先生の偉大な存在を残念ながらまだ知らなかった。 近くに本屋が一軒もない、群馬の田舎に住んでいたせいもあり、私は高校生になるまでさほどマンガを読んでいませんでした。

 当時、手塚先生のマンガこそ〃劇画〃であると、「さいとうたかを」氏らに言われても、手塚先生が頑なに自分の作品は「マンガ」であり、〃劇画〃と言われる事を拒絶したので、〃劇画〃という言い方は定着する事なく消滅していった…と言う説もありますが…。

 …やがて「スポ根・劇画」ブームが終わりを告げる頃、日本アニメが海外に渡り人気になり、アニメの原作である「MANGA」という言葉も同時に世界に広まり浸透したので、今さら「劇画」という言葉を使うより…日本出版界やマスコミは、世界を意識して「マンガ」を多用するようになったのだと考える。
 今では「マンガ」=「ストーリー漫画」であり、「劇画」は一部の劇画的作風のマンガだけを称する意味に戻ってしまった。

 一方私は、川崎のぼる先生の「巨人の星」こそ劇画だと思いました。
飛雄馬」の迫力ある投球ホーム・投手と捕手の大胆な構図や不思議な遠近感、そして円球ではない楕円にに変形したボールの表現方法に感動しました。 また飛雄馬の燃え上がる炎の瞳・大胆に流れる涙や汗が、妙にリアルに感じられました。
 川崎のぼる先生の作品は、漫画と言うには不釣り合いな、繊細な描写力で…正しく完璧な劇画そのものです。
 私は「巨人の星」・「男の条件」に感動し、川崎先生に憧れて…その後カワサキ・プロに入れてもらい、《巨木のゲボク》…《巨星のカゲボシ》にさせてもらいましたが…。 (当時、私は肉筆回覧に「星一太郎」と言うペンネームを使っていました…笑い)



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腰かける マロン

天才手塚治虫の不運

 今年、日本のアニメが[Japanimation]とまで呼ばれるほど世界的に認められるようになったのも、日本に手塚先生が存在したからである。

 かつて、庶民の娯楽が余りなかった時代に日本映画は繁栄していたが、テレビの普及と手塚治虫の台頭により、日本映画は衰退してしまったと言われている…。 才能豊かな創作意欲ある若者達が、アメリカではハリウッドに集まってくるが、日本ではマンガ業界とテレビ業界に集まってしまったからである。
 そして、マンガ家を目指していた人たちの中には、マンガ家になる事を諦めて…小説家になったり映画監督になった人達もいます。

 まさに、手塚先生はマンガ界のシェークスピアでありバッハである。
手塚先生が生み出した膨大な作品群は、これから徐々に、熱烈なる支持者により世界的に研究がなされ、音楽教室(昭和時代の話)に掲示してある世界音楽史の中のバッハやベートウベンの肖像画の様に、世界のマンガ史にひときわ大きい肖像写真を残す事になるであろう。

 残念な事に日本のマンガは、ページをめくるのが左開きで文字は縦書きなので、そのままの絵を使って右開き横書きの英語に訳すのが困難で、欧米人が日本マンガをそのままの形で読む事は少なく、アニメの様に全世界に受け入れられ広まる事は、おそらくないかもしれない…。
 それは、天才手塚治虫が日本に生まれてしまった不運である。

そして又、天才手塚治虫は天才ゆえにもう一つの不運につき惑わされた。


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トリックでは ありません


天才は一人ぼっち…

 テレビアニメでは先陣をきって成功した手塚先生であるが、劇場用アニメ映画では実験的な作品が多く、成功したとは言えない。

 日本では、手塚先生一人だけがズバ抜けた天才だった為に、手塚先生だけが先を行き過ぎていて、残念ながら〃ブレーン〃やアニメスタッフの中に手塚先生に付いて行けるだけのアニメーターやアニメ技術がなかったからだ…。

 日本のアニメ界では、まだまだ天才手塚治虫を受け入れるだけの土壌が出来上がっていなかった。

 そして、その事を手塚先生自身が一番よく知っていて、有り余る才能とそれを受け入れてもらえないジレンマと焦りから、アニメスタッフや編集者と数々のトラブルを引き起こしてきたのは有名な話し。

 そしてその後、手塚先生は「虫プロ商事」と「虫プロダクション」を倒産により相次いで失い、一時期アニメ制作から一切手を引き、「手塚プロダクション」でマンガ創作活動だけに没頭して、少年誌や青年各誌に多くの大作を描き上げて行った経緯がある。

 「手塚治虫」に儲ける商才だけは…なかったようです。 利益を度外視した「虫プロ」のアニメ制作〃鉄腕アトム〃がなかったら、日本のテレビ・アニメは普及しなかったでしょうし、「手塚治虫」にしか出来なかった事です。

 宮崎駿監督は、そんな手塚先生のアニメ制作手法に愛を感じ得ない一人で、手塚先生が亡くなった折、雑誌の特集でただ一人ヒステリックまでに手塚批判をしていた。

 《彼の初期のアニメを何本かみた時…それが持っている安っぽいペシミズムに…背筋が寒くなって非常に嫌な感じを覚えました…昭和20年代の作品では作家のイマジネーションだったものが…いつの間にか手管になってしまった…ひと言「そのほうが感動するからだ」という手塚治虫の〃神の手〃をみた時ぼくは彼と決別した…その後アニメーションに対して彼がやった事は何も評価できない…虫プロの仕事もぼくは好きじゃない…好きじゃないだけでなくおかしいと思います…これまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは…みんな間違いです》


 しかしながら、手塚先生が未開拓のアニメ映画製作に先陣をきって開拓した道があったから、誰でもとは言わないが…後から行く者は容易く、成功し得たのではないかと私は考える……。


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ぬいぐるみと同化する マロン


 生前手塚先生は、「宮崎アニメ」だけは気にかけていたようですね。

 もし、手塚先生が生きていて「千と千尋の神隠し」のトップニュースを新聞やテレビで見たならば、かなりのショックをうけるだろう。
 そして宮崎監督へ、嫉妬の炎をメラメラ燃やす事になるだろう。 手塚先生はどんな新人マンガ家に対しても、自分が面白いと思えばライバル心をむき出しにして挑む人だから、またアニメ界に何かしでかすに違いない。
 そしてそれがどんな効果をもたらすか、悪影響をもたらすか判らないが…。


迷走する国民栄誉賞

 今、私が一番気がかりなのは、もしこのまま宮崎駿監督が成功し続けて行ったらならば、将来宮崎駿監督が国民栄誉賞を受賞してしまうのではないかと言う恐れだ…。
 もし、そうなったなら「イチロー」のように辞退 《現役中なので…今はまだ受けるに値しない…を理由に2001年に打診されたが辞退》してもらいたいものだが…。

 手塚先生が亡くなって直ぐに、石ノ森章太郎・サトウサンペイ氏らはじめ、多くのマンガ家達が望んでいた、文化功労賞よりも国民栄誉賞を与えるべきだと言う望みは、とうと果たせなっかた。

 しかし、そもそも漫画の始まりは鳥獣人物戯画や風刺画であり、社会や国家(政府)権力に警鐘を鳴らす画(え)であったはずだ。
 当然、現代のマンガもその流れを汲むモノであり、反社会的・反モラル的な精神を持って描かれているはず。
 だから、マンガは文学とは違って、なかなか社会から認められなかった。 特に手塚作品は、戦後の混乱期の中から生れ、反戦(反政府)や反モラル的な要素を持ち合わせた作品が多く、手塚作品は御上から悪書呼ばりされ、発禁や不買運動なども起きたりもしたが…

 それでも、手塚作品は活性化し、爆発的に民衆の人気を博した。


 現代、マンガや日本アニメが老弱男女問わず、社会的に認められ、世界中から日本独自の文化として絶賛されているが‥ だからと言って、国家(政府)から褒められたりご褒美をもらってしまっては、マンガはお終いだと思う。  あくまでも、マンガは反政府・反モラル的な精神を持って、社会やモラルの壁を打ち砕いて行くモノである。

 だから、手塚治虫に 国民栄誉賞はいらない ‼

 最近、マンガが美術係や文科系の教科書に紹介され解説されることがあっても、しかし‥ 今でも、マンガの描き方を小・中学校で教えたり学んだりしないのは、あくまでマンガが特殊文化であり、歌舞伎や能・狂言と同レベルとみなしているからである。

 他国では、日本のマンガ・アニメ文化に学べと‥ マンガやアニメ制作を学ぶ若者達に支援・援助する国家・政府があり、マンガ文化が政府に認められ羨ましいという話もあるが‥ とんだ笑い話である。

 日本のマンガ文化は民衆の反骨精神から生れ、社会から虐げられながら発達した抵抗文化である。 マンガが政府のお墨付きをもらったら、その反骨精神・底辺活動の底力を失う事になり、その国のマンガ文化は衰退してまうだろう。

 だから、日本の内閣総理大臣表彰の一つである国民栄誉賞など長谷川町子さん「サザエさん」だけでいい。


手塚治虫に 国民栄誉賞などいらない ‼
手塚治虫が国民栄誉賞を受賞してしまったら

お飾りの王冠をかぶせられ
両手を広げ 船首に立つレオ様

…ではなくて

総理に牙を抜かれ 飼い慣らされた
「ジャングル大帝」である


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ハグしたまま眠る バニラとマロン


 さらに、そもそも国民栄誉賞は〃王 貞治〃王さんだけで良かったのだ…王さんの為の国民栄誉賞なのだから…昭和52年に王さんがホームラン世界新記録を出した2日後、中国籍で選挙権も被選挙権もない王さんに与える賞が見当たらないので、当時の福田赳夫総理大臣が急きょ創設した賞である。 王さん以後の受賞者は、取って付けた様な人達ばかりだ。


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昭和56年1月15日 初版発行(株)勁文社


 王さんが帰化しないのは、父親を悲しませたくないからと著書「回想」で書いています。 当時私は「回想」を読むまで王さんが帰化していない事を知りませんでした。 だって、そもそも国民栄誉賞…〃国民〃って書いてあるんだから、国民=日本人、日本人を代表してもらえる賞…正真正銘の日本人です王さんは…。


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昭和56年5月10日 初版発行(株)勁文社


 だから、長谷川町子氏(サザエさん)が受賞して手塚先生が受賞できない国民栄誉賞など…今になっては、受賞を拒否した方が名誉な事だと私は考える。
 所詮、国民栄誉賞など内閣総理大臣(現 自民党総裁)が国民の人気を得るために適当に選んで決める賞であり、確固たる授賞理由がない。 日本共産党への活動支援(赤旗新聞に連載)や選挙応援をしていた手塚治虫が目障りであり、国民栄誉賞を与えなかったのも納得できるのである。

 しかし、宮崎駿監督に辞退しろと言っても…生きていての受賞だったらの話だが…。

 しかし、もし宮崎駿監督が国民栄誉賞を受賞したなら、ぜひ言ってほしい…手塚先生が私財を投げ売ってまでも、盛んにアニメ制作に挑戦し続けた痕跡があったからこそ、今日の日本アニメが存在するのであり〃手塚先生の御かげである〃…と。


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「立って 歩きたいな…」

手塚治虫の波及

 戦後まもないモノがない貧しい時代に、手塚先生が描いた「鉄腕アトム」の未来の話の中では、2003年4月7日にアトムは誕生する。

 その一年前にあたる2002年5月現在…まさしHONDAの「鉄腕アトム・プロジェクト」によって二足歩行ロボット〃ASIMO〃が2000年に完成。 また、SONYの犬型ロボット〃AIBO〃(1999年発売)の普及により、今日ようやく「鉄腕アトム」が現実みをおびてきた。
 2001年に制作されたスピルバーグ映画「AI」が、鉄腕アトムのアイデアを原点にしている事は明白である。 ディズニー映画の「ライオンキング」は「ジャングル大帝」を、ハリウッドのSFX映画の中には、手塚治虫作品をヒントに作られたと思われる作品がいくつか上げられる。

 今アメリカで「鉄腕アトム」が全編CGで、120億円規模の予算をかけて制作中であるが、実写版「AI」を観た後では、鉄腕アトムの斬新なアイデアが薄れてしまい、今さら…おそらくヒットしないであろう。

2002年5月5日 みよしよしなが


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立ったまま眠る マロン


進撃の宮崎駿

 2002年12月に、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」が全米映画批評会議と、ロサンゼルス・ニューヨークの両映画批評家協会のアニメ部門を立て続けに制覇した。
 2003年2月1日には、「千と千尋の神隠し」は、アニメ界のアカデミー賞といわれているアニー賞(国際アニメ映画協会主催)で、4部門を制した。
そしてついに、2月11日米映画界最高の栄誉ある第75回アカデミー賞の長編アニメ部門でノミネートされた。
 日本映画がノミネートされたのは黒澤明監督の「乱」以来である。
 2003年3月23日の本選発表・授与式で「千と千尋の神隠し」がオスカーを獲得するのは間違いないだろう…。 宮崎駿監督がどんな挨拶をするのか、今からとても楽しみである。

2003年2月17日 みよしよしなが


 PS. 昨年末、月刊「SHONEN JUMP」がアメリカとカナダで発刊された。 ページは左開きのままネーム(セリフ)が翻訳されていると…(版を反転させたり コマや吹き出しの並び順を変えないとしたら…)それが本当なら驚きであり、その強気のやり方に敬服します。
 これも何もかも「千と千尋の神隠し」宮崎アニメの人気があっての御かげかもしれない。 いやはや…宮崎駿監督の〃神の手〃かもしれない。
 いやはや…手塚先生が亡くなっててよかったな…ホッとした思いにかられた。

                       


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「人間に 生まれたかったな…」


上記の文面は 以前マンガ家の友人達に送った
FAXの写しです

マンガ編集者や関係者から聞いた話を
私が資料を調べ研究したものです
多少 私の思い込みや間違がいがあったとしても
お許しください

2013年5月5日 みよしよしなが




 2014年5月5日 野球界の長嶋茂雄と松井秀喜がWで国民栄誉賞受賞されました。 このとき私が思ったのは、今後国民栄誉賞を拒否する人が増えるのではないかという恐れだ……。
  ちなみに5月5日は私の誕生日である。

2014年11月9日 宮崎駿監督がアカデミー賞名誉賞受賞 日本人として24年ぶり 又しても黒澤明監督以来である…やっぱり、手塚先生が亡くなっててよかったな…ホッとした思いに駆られた。


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「アッ 先生が降りてくるよ…」


-----[追記}-----

 来年あたりイチローがメジャーを引退して、国民栄誉賞を受けるかもしれない…。 イチローファンの私としては、松井秀喜より先に国民栄誉賞を受賞してほしかったですがね…。

 また、宮崎駿監督の最近の反政府的(反原発・反安保法案)発言を耳にすると、国民栄誉賞はないな…と思えてきました。 

2015年10月18日 みよしよしなが

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